#90 私の感覚を外に広げていく時期
ただそれだけ(のような気がする)
Chikyu-yuei in Bali
日本はすっかり寒くなりました。いかがおすごしでしょうか。
私は現在バリにいます。
3、4年前頃か「バリのウブドへ行っていたい」
そんな柔らかく、そっとした願いを静かに置いたまま時が経ち、
なんとなくいまこのタイミングで訪れることにしました。
はじめてのバリ
はじめての海外ひとり旅
かつては日本国内を自由に気ままにひとりでゆうえいしていたものですが、
いつの間にかそんな遊びも遠のいていたことに気付きました。
ひとり旅するというのは、
人生の主導権を、主役を、主語を、
そのすべてが私に自然と回帰する。そんなことを思い出しています。
バリに来る前、予定していたことはする気になりませんでした。
雨季なので屋内ヒーリング(ヨガ、キールタン、エクスタティックダンスなど)を
と思っていたものの、現地に着くとフィーリングは、気は変わるもの。
ただ日々の日常を、歩いて、景色を眺め、風を感じて、
街中から漂う香りを自然に嗅いで、
土地を歩く、土地に座す、土地を浴びる。
Grabバイクに乗せてもらって、どこまでも運ばれてゆく。
ただただ、日々を過ごすごとに
下腹部やお尻のあたりがじわっとずっしりする。
それから凪いでいく。
それが私にとって幸せであり、穏やかかで安らぐ時間です。
過渡期の旅路
自分がどうなるのか、どう人生を進んでいくのか
相変わらずわかりません。
なんだか、よりいっそう、分からなくなりました。
日本にいるときから、バリに来てすぐぐらいまで、
私は不安と思考の声でいっぱいでした。
それがいつの間にか凪いでいることが不思議です。
私にとって不安で悩むこと、考えることは自然にしてしまうこと。
クセ、習慣と解釈するのが近いかもしれない。
そういうものだと割り切って受け入れる。
で、そういう波があるからこそ、
相対的な深い凪の状態にも気づくことができる。そう感じます。
そのうえで、ほとんど言葉にならない感覚なのですが、
いま私のなかで立ち現れるキーワード、フレーズ、インテンションがこちら。
事実を見つめるとは、いまここを生きていること
人生の主役を引き受けること
ほとんどのことは無くても良かった
ほとんどのことを手元から放つ時
いますでに十分に満たされ安心しているとしたら、それはやりますか?買いますか?手にしますか?
安心と自由の共存
もっとぶっ飛んでいきたい
優しさと冒険の共存
わたしは私自身にもこのように、もっとうんと優しくすることができる
バリでGrabバイクに乗るとき、
わたしはとても優しい触れ方でドライバーの肩に手を添えていることに
自分で気付いたんですね。
そのとき
「わたしは自身にもこのようにもっとうんと優しくすることができる」
そう感じました。
だってこれだけ優しい表現を使いこなすことができるのですから。
そのはずです。
同時に、優しい表現を知っているということは、
一瞬で刺し殺すような表現や言葉も知っていることだと感じています。
これらの気付き、キーワードは
日々のなかにどのように反映していくか
私にはほとんど知るよしもありません。
あとは体験をもって答え合わせをしていくしかない。
それがこのちきゅうをゆうえいする醍醐味だと感じています。
お知らせ
いまはほとんどInstagramでお知らせ、シェアになっています。
最新情報をキャッチされる場合にはぜひそちらをウォッチしてください。
1. 【終了】東京広尾のギャラリーにて絵画出展いたしました
2. 【終了】アートワークショップ on ZOOMを開催しました
それでは、ここまでお読みくださりありがとうございました☺
久しぶりにおたよりを書いてみると、やっぱり味わい深くしあわせなものでした。
受け取ってくれてどうもありがとう。
今日も美しく幸せで満ち溢れる人生の旅を楽しめていることに、
心から感謝いたします。






